私は20代の終わりごろ、それまで勤めていた自衛隊を辞め、その隊門の前からバイクで旅に出ました。 |
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| 行政書士かわらばん Top | のほほん旅日記(3) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 島(1) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 天売島へ渡る。ユースホステルは大正時代の鰊番屋をそのまま使っている。 だからやたら広い。 板間の隅に昭和10年の婦人公論があったのには驚いた。ここには戦争は 来なかったのか? 荷物を降ろしたあと愛車でゆっくり走ってみる。 小学校の前へ出た。赤信号。見渡すかぎり無人の十字路でぽつねんと待つ。 別に時間は惜しくないが、それにしても長い。 ユースホステルへ帰って島の信号は長いね、と話したら、あれは子供たちが 島の外へ出た時に信号に戸惑わないようにするために教育用に取り付けたん だそうだ。 別に交通整理するほどの車は通らんよ。アンタ、あの信号でひっかかったの かい? 珍しい人だね。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 磯の味 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 さて晩飯はどうするかな、と思っていたら看板が目にとまった。「磯の味」と ある。これがなければ民家としか思えない。深く考えもせずに入ったらこれが 大当たり。 うまかった。島だけに勢い魚料理が多いのは当たり前だが、ここはおじちゃん が漁師で今あがった魚をおばちゃんが料理して出すんだからまずいはずがない。 結局、島にいた3日間 宿は寝るだけで食事は毎回ここへ通うことになった。 おじちゃんが船に乗せてくれた。「ほれ、あれがオロロン鳥だべ。」 遠目にも派手な鳥が岩場に群れていた。天然記念物エトピリカ。今ではもっと 数が減っていることだろう。 ここでもらった名刺は今でも大事にとってある。島を出るときにはアバまで くれた。鰊漁に使う木製の浮子。すりきれてささくれだって鰊のウロコがこびり ついている。これも大事にとってある。 ときどき取り出してながめるが、これは決して博物館のガラスケース越しに見る ものじゃないね。当人にとっては思い出の詰まった温かい事物が博物館に入れら れた途端に枯れてしまう。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 青年団 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 本土へ戻りなんとなく北へ向かう。稚内市。町はずれにキャンプ場があったので テントを建てていたら、オニイサンに声をかけられた。一緒に晩飯食わないか? 見ると男女十数人がわいわい言いながら飯を食っている。帯広から来た農協青年 団だという。ありがたく混ぜてもらう。 食いながら農業の楽しさについて喋っている。 「今年ぁ晴れが続いたからよぉ、はかがいったよなぁ。暑いけどやればやるだけ トーキビが応えてくれるんだぁ。うれしいべさぁ。」 なんと屈託のない人たち。日本の農業といえば、自給率の低下とか後継者不足と か暗い面でしか語られないものだと思い込んでいたから意外だった。 なんの確証もないながら、まだまだ日本は大丈夫だと思った。 のほほん旅日記(4)へ 行政書士かわらばん Topへ |
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