私は20代の終わりごろ、それまで勤めていた自衛隊を辞め、その隊門の前からバイクで旅に出ました。 |
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| 行政書士かわらばん Top | のほほん旅日記(4) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 島(2) 礼文原人 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 礼文島へ渡る。久種湖キャンプ場にテントを張る。 なんと炊事場に住みついている人たちがいた。先住民族というわけか。 何をするでもなく、日がな一日ぼんやりしている。 「あ…木の実が落ちたねぇ…」 「うん…落ちたねぇ…」 僕もいい加減のんびり屋だが、何もすることがない場所に3ヶ月も居座る ところまではいかない。上には上があるもんだ。 礼文原人を自称する彼らといると、おや、いつの間にか僕ももう4日目だ。 といって、あわててどこかへ移動しようとも思わない。朱に交わって赤く なったかな。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 島の運動会 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 今日は島の学校の運動会。一つきりの学校だから看板も「礼文小・中学校」 その小・中学校大運動会を礼文原人4人が寝そべって見物する。 島の運動会では子供たちより親の方が熱くなる。大漁旗は振り回す、走り 出す時には蛮声一番、スタートのピストル音もかき消すばかりの大声援。 ほとんどが漁師だからガラッパチで、しかしみんな気はいい。いつの間に やらわれわれも酒盛りの中に巻き込まれていた。 かくて島の熱き1日は終わった。戦いすんで日が暮れて… 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 最北端の地 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 島を出て宗谷岬へ来た。最北端の地。記念碑と吹き抜ける風と僕と… ううむ、と感慨にふけるつもりでいたら、これがとんでもない間違いだった。 ここは一大観光地と化している。商店街といってもいいほど土産物屋が櫛比し、 それぞれが勝手な音楽を流している。結局なんの曲だかわからない。 吹き抜ける風の成分の80%は音だな。 「最北端のナニナニ」がやたらに多い。「最北端の土産物屋」、「最北端の 電柱」、「最北端のポスト」だとお! おい、郵政省!と思ったらこれは私設 ポストなり。 ガソリンを給油したら、ここも「最北端の給油所」。もう笑うしかない。 最北端の給油所 ![]() でも従業員のニイチャンは親切でありました。 「裏にバスがあるから泊まって行きな。」 なるほど廃バスが置いてあって中は座席が取り払われ、カーペットが敷いて ある。ありがたく一宿の恩にあずかる。 「今日は18日か。(自衛隊の)俸給日だな。」と考えて気づき、苦笑。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 岩城宏之 鴻之舞で振る 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 鴻之舞(こうのまい)という町がある。いや、かつてあった。金鉱で栄えた町 だが、今は金山は閉鎖され、町は廃墟になっている。 つわものどもが夢のあと、の言葉どおりにアパート・学校などがすべてうつろ のまま外形でようやくそれとわかるところまで朽ち果てて立ちすくんでいる。 ここで世界的に有名な指揮者 岩城宏之が札幌交響楽団を率いてコンサートを やる、というポスターを見たので悪路をおして山奥へもぐりこむ。 小学校のグラウンド跡地でのコンサートはすばらしかった。 最後に廃校になった鴻之舞小学校の校歌が演奏された時には、誰も予想して いなかったから、おおお、とどよめきが起こった。 隣にいた女性は鴻之舞小学校の卒業生なのだろう、一緒に口ずさみながら涙を うかべていた。岩城さんも粋なことをやるもんです。 帰る道すがら、頭の中では豊かに音楽が鳴り響いていた。 (追記)岩城宏之氏は2006年6月13日 逝去されました。鴻之舞での思い出に感謝 するとともにご冥福をお祈りいたします。 のほほん旅日記(5)へ 行政書士かわらばん Topへ |
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